教育体系設計のポイント③
~新入社員導入教育のポイント~
新入社員導入教育は、ビジネスパーソン誰もが、中長期に渡る教育体系の中で最初に受ける教育です。「最初のボタンの掛け違い」を防ぎ、定着と成長につなげていくために、新入社員導入教育のポイントについて、以下に述べます。
- 昨今の若者の思考・行動傾向を掴み、教育・指導に活かすこと
- 導入教育時の受け入れ体制をしっかり作ること
目次
1.昨今の若者の思考・行動傾向を掴み、
教育・指導に活かすこと
時代環境が大きく変わると、人々のパラダイム(思考の枠組み)も大きく変わります。入社してくる新人の育った時代環境と、パラダイムを知ることが、導入教育成功のポイントです。
昨今の若者の行動傾向を掴む
新入社員は、学生の売り手市場が続く中、苦労して採った貴重な人材です。その人材を育て、1日も早く活躍させるためにも、その導入教育には、ぜひ成功したいものです。
実は、経営と教育には共通点があります。それは、「相手がいる」ということです。2つとも、1人ではどうにもなりません。そして「相手を動かす」には「相手のことを知る」ことが大切です。導入教育を成功させるには、まず昨今の若者の行動傾向を掴むことが重要です。まずは、時代環境の変化について見ていき、次にそれが若者へどういう影響を与えているのかを、考えていきます。
昨今の若者の行動傾向に影響を与えた
4つの大きな変化
- 1992年(平成4年)、学習指導要領における、「新学力観」(児童・生徒の思考力や問題解決能力などを重視し、生徒の個性を重視する)に基づき、「個性を尊重する」教育へと舵を切った。またその後、評価は「相対評価」から「絶対評価」に変わった。
- 同じく1992年に「共働き世帯」が「専業主婦世帯」を超え、その後、「共働き世帯」優勢で推移している。
- 2001年のブロードバンド元年を待たずして、1992年には、1987年に1万台だったインターネットへの接続ホスト数が、100万台と100倍になり、日本発のホームページも出来た。この年を境に、ITは急速に普及していった。
- バブル崩壊(内閣府によれば1991年3月から1993年10月まで)により1973年12月から続いた安定成長期は終わり、失われた〇〇年と呼ばれる低成長期に突入している。
いかがでしょうか?
例えば2020年に22歳の人は、1998年(平成10年)生まれです。安定成長期の体験もなく、小学生の頃には既にITも普及しており、学校教育も個性重視になっていたということです。この1992年前後を境に、生まれ育ってきた環境がそれ以前とは大きく違っているので、その行動傾向も大きく異なっていて当然なのです。
昨今の若者の行動傾向
こうした時代環境を踏まえると、すべての若者がそうだとは言いませんが、その考え方、行動傾向がおよそ掴めてきます。導入教育設計のヒントとして活用いただければ幸いです。
- 個性尊重教育の影響で、「自分らしさを重視する」傾向が強い
「ユザクロ」という言葉がありました。これは、「ユニクロ」の服は機能性も値段も手頃だが、人と「かぶってしまう」。そこで若者が、「ユザワヤ」(手芸用品のお店)で買って来たものを使い、ユニクロの服を改造して着る行為を表現した言葉です。
また、Twitterのアカウントを複数持っている若者が多くいます。普段の自分用のアカウントの他に、「アニメの人とつながるアカウント」などを別に持って、親しい人に知られることなく、自分の好きなことを楽しみます。これらは、まさに「自分らしさ」の重視です。
ただ、昔の様に「尖がる」「人との違いをことさら強調」するという「自分らしさの重視」ではなく、一方で、「自分が浮かないようにする」「周りの人へ配慮もする」という点が、昔からある自分らしさの追求とは異なっています。先ほどのTwitterのアカウントに対して、特定の人しかアクセスできないようにしている若者が多いのも、その現れと思われます。
※導入教育のポイント
常に判断基準の違い気づかせ、理由を理解させ、そして差し替えさせる。
- 「共働き」「少子化」という環境で育ったので、自ら人間関係を築こうとする傾向が強い
普段の生活の中で、そこに家庭や地域にコミュニティがあり、自分から求めなくても人と自然につながっていられる・・・そのような環境で、今の若者は育っていません。よって常に、自からつながりを作らなければいけない・・・という気持ちを強く持っています。ですから、バレンタインデーには、性別に関係なく「友チョコ」を交換したりします。
しかし、そのつながりは昔の「青春ドラマ」のような激しいものではなく、かなり互いを気遣いながらのつながり方です。先述した、「ユザクロ」や「別アカ(ウント)」もこの現われです。また、中にはこの「人間関係を求めること」をあきらめた、「ぼっち」(=1人でいつもいる人のこと)と呼ばれる人も多くいます。
※導入教育のポイント
「遠慮」と「配慮」の違いを理解させ、自ら進んで人間関係を構築させる
- IT環境で育ち「デジタルネイティブ」である
「内定式後の研修において、新人同士初めて会ったのに、すぐに打ち解けていて驚いた」という話を、人事担当者から聞いたことがあります。
これは、既に内定式前の段階で、互いがSNS上でコミュニケーションを取っていたので、初めて会った時でも、既に相手のことを良く知っている感覚になっているからです。
「ログイン/ログオフ」という観念がないのか?と思うくらいに、ネットで1日中繋がっており、そういった機器の操作も、かなり手慣れています。
例えば、「メールは返信の義務が発生する」「Lineは相手に『既読』なのかどうかが伝わるが、Twitterにはそれがない」・・・などその違いを熟知しており、ITを自分なりに使いこなす術を、当たり前のように持っています。
しかも最近、「銭湯」「夜のベランダ」などで若い人を良くみかける・・・などと聞きますが、これは彼らに言わせると、「SNS断ち」だそうで、こういったことを行うことで、息抜きができ、気分を変えられるので、またITを使った人間関係を作りに、精を出すことができるのだそうです。
※導入教育のポイント
デジタルと対面のコミュニケーションの違いに気づかせ理解させる。
- 経済の低成長環境から「今を大切にする」傾向が強い
デフレ環境の中で過ごせば、誰でも「無駄遣いは良くない」「安くて良いものが良い物だ」という考え方が身に着くのは当然で、「カーシェリング」「弁当男子」などの言葉は、みなさんも聞いたことがあると思います。
ただ、今の若者は、昔の節約と違い、むしろそれを楽しんいる風で、そこに暗さや辛さはありません。節約に成功したことを、仲間に褒めてもらい、それを喜んでいるようなところもあります。「お得」をSNSにアップするのはよく見かける傾向です。
ただ一方で、「献血には行かずボランティアには行く若者」という言葉に象徴されるように、「貢献」のすぐ見えないものより、すぐにそれを実感できる(感謝される)ものに惹かれるようです。そこから見えてくるのは「先の見えない経済環境」の中では、「遠い将来、明るい未来のために、今苦しんでおく」という考え方は持っておらず、「今を楽しむ」「今を充実させる」という考え方を持っている若者が圧倒的に多いということです。
※導入教育のポイント
短期と中長期の目標とのつながりをよく理解させ取り組ませる
2.導入教育時の受け入れ体制をしっかり作る
少子化や売り手市場の就職環境等の影響を受け、「自分のことを分かった上で指導して欲しい」という新入社員が、多く職場に入ってきています。過去の経験や個人に委ねた導入教育ではなく、そういった新入社員の傾向を踏まえて、職場でしっかりとした育成体制を構築した上で、導入教育を行う必要があります。
現場実習を行っても期待とは異なる解釈をする
新入社員
あるメーカーでの話です。
そのメーカーでは、どの職種として採用しても、先ず工場に1か月勤務させて、商品知識を深めさせ、「汗水流して生産を行う部署があって成り立っている会社であることをしっかり認識させる」という導入教育を行っています。
現場実習を終えて数日経ったある日、開発部門の課長が、若手社員同士の立ち話を偶然聞いたそうです。そこで、彼等は以下のような話をしていました。
Aさん:現場実習どうだった?
Bさん:すごく商品に誇りを持っている人達だったよ。開発も工場も、学歴は
違うけど、そのプライドに差はないと思ったよ。ただ…
Aさん:ただ?
Bさん:工場の人はあんなに一生懸命働いているのに、生涯賃金では大卒の
開発の方が高く、それを追い抜くことはない。何か割り切れないよね。
かわいそうだし、この会社は何を考えて、そうしているのだろう?…
それを聞いて開発課長は愕然としたそうです。実習を通して、そんなことを感じていたのか?と。
OJTリーダーをひとり一人に付けているのに
決して自分から相談に来ない
ある商社では、新入社員一人につき、OJTリーダーを一人任命してペアを組ませ、新入社員の悩みに寄り添いつつ、仕事を教えていくという導入教育をしています。ある日、OJTリーダーが集まるミーティングがあり、お互いの、新入社員育成上の悩みを、共有したそうです。そこで共通意見として出てきたのが、
- 自分から相談に来ない
- ミスが発覚してから、実は、若手社員が一人で問題を抱えていたことが初めて分かる
というものでした。
中でもリーダー全員に、「そうそう!」と共感を呼んだのが、なぜ新入社員が相談に来ないかを、彼ら自身に聞いてみた時の新入社員の発言で、
- 先輩が忙しそうにしていたから・・・
というものでした。
「相談に時間を取られるより、ミスの処理の方が時間を喰うのに…」と、その時は笑い話のように語られましたが、中にはそのミスをきっかけに自信を失い、退職してしまう新入社員もいるようです。
育成する側が若手社員の傾向を見誤っている
上記のようなお話の最後に、必ず先輩や上司の皆さんから聞く言葉が、
- 私が若い時はこんなことはなかった
- 今の世代は昔とずいぶん違う
という、驚きにも似た、ご意見です。というのも、
- 私が若い頃は先入観を持たずに何でもやってみた
- 先輩にうるさいと言われるくらいしつこく相談に行った
- いくらなんでもここまで打たれ弱い奴はいなかった
という最近の新入社員とは全く違う行動傾向だったからです。
確かに、上司・先輩の世代と今の新入社員の世代では、育ってきた環境も、考え方や行動傾向も異なります。
例えば、今の新入社員はバブル崩壊を知りませんし、ましてや、「景気の良かった日本」などまったく知りません。またSNSによる会話が当たり前で、人とのコミュニケーションの取り方も、昔の新入社員とはずいぶん違うのです。それなのに、先輩や上司が、自分自身の新人時代にされた導入教育を、そのまま今の新入社員に適用したとしても、ミスマッチが起こるのは当然とも言えます。
新入社員の導入教育には育成体制の構築が不可欠
では、今の新入社員の行動傾向を、先輩・上司が理解し、それを指導に活かしていれば、導入教育が成功し、育成はうまくいくのでしょうか?
そうではありません。なぜでしょうか。それは、
- 新入社員自身も先輩・上司の行動傾向をひじょうに知りたがっている
- 特に「自分のことを理解した上で指導をしてくれるのか?」を知りたがる
からです。
これは1.昨今の若者の思考・行動傾向を掴み、教育・指導に活かすことでも述べたように、「少子化」や「共働き」、あるいは「個性重視の教育」等の環境の影響から、「自分のことを理解した上で指導をしてくれることが良い指導である」と思い込んでいるからです。
しかし、導入教育に関わるOJTリーダーやメンター等に任命される中堅・若手社員(30歳前後)は、多くの企業で絶対数が少なく多忙です。
また、それを任命する側の管理職も、プレイングマネジャーである事がほとんどで、育成の最終責任者として、新入社員と中堅社員双方に対して、サポートも不足しがちです。
つまり、先輩も上司も「新入社員ひとり一人にかまっている余裕」はあまりなく、「自分のことを理解した上で・・・」という新入社員のニーズは無視されることになるのが普通です。
他にも、
- 基礎・基本の体得時期に、一人ひとりの個性を理解した指導は不要である
という、先輩・上司の、過去の指導経験からの思い込みもあり、これも新入社員の、「私こことを理解した上で指導してください」というニーズは無視する原因に繋がりそうです。
このような、先輩・上司と新入社員との小さなギャップが原因で、前述の商社の例ではないですが、新入社員がモチベーションを下げ、最悪は退職に至るようなことは、避けなければなりません。
別に「新入社員のすべての希望を聞いて、それに応えろ」と言っているわけではありません。忙しい中でも、あえて、新入社員に関わる事が出来るだけの時間を割く、最低限の「育成体制」を整える必要が有ると言っているだけです。
以上を踏まえて、新入社員への導入教育を成功させる、最低限の体制づくりのヒントを以下に挙げますので、ご活用ください。
「新入社員が自ら相手との関係を作ることが出来る」ことを、導入教育に携わるすべての先輩・上司の統一目標とする体制を作る
これは、体制をいくら整えても、先輩社員、上司、新入社員の間で十分なコミュニケーションが取れるとは限らないからです。そんな時こそ、新入社員自らがアクションを起こし、どうすればコミュニケーションが取れるかを工夫できる人間であることが必要なのです。
新入社員の今後の人生において、受け身ではなく、「自分から相手との関係を作る」ことの大切さを教えるのが、導入教育そのものと言っても過言ではありません。(はっきり言えば、知識や技術習得よりもより重要なことです)なお、この大切さは、先輩社員や上司にとっても同じです。
「トライアングル体制」を作る。その中で一番大切な事は
「ルール」を作りそれを守ること
「トライアングル体制」とは「新入社員」「先輩社員」「上司」の3人を頂点とした三角形の指導体制のことです。では「体制」とは何でしょうか?これは言い換えると、「個人任せ」「その場の状況次第」「ケースバイケース」という事を出来るだけ避け、ルールや決まり事を守って、人が動くということです。
これが出来ていないがために、新入社員は、自分の育て方が「雑」で、いい加減だと勝手な解釈をし、自分自身もいい加減な仕事をした結果、ミスをし、モチベーションを下げ、結果退職に結びつくケースが増えています。たくさんのルールや約束事を作る必要はありません。最低限のもので良いのです。 その中でも、最も大切なのは、コミュニケーションのルールです。
- 1日1回は・・・
- 先輩がつかまらない時は上司に。上司がつかまらない時は・・・
- 指導内容が食い違うと感じた時は・・・
など、3者で新入社員の抱えそうなリスクを出し合い、その対策を決め、3人以外の人にも共有し、それを守って導入教育期間中は行動するだけで良いのです。
また、この機会を通して、職場のコミュニケーションのルールも見直すと良いと思います。これを職場のコミュニケーション(再)設計とも言います。
新入社員の行動傾向を知るための、1on1、又は鼎談(3人対話)を必ず初回面談で行うというルールを作る
履歴書等の人物情報が人事から渡されればまだ良い方で、事前に、新入社員の人物像が知らされることなど稀です。では、その代わりに、先輩・上司は、新入社員との初対面時に、じっくりどんな人物なのかを知ろうと努力するかというと、それもありません。挨拶もほどほどに、仕事を覚るために、すぐ作業に入らせる・・・という職場がほとんどです。
また仮に、人物像を知ろうしても、過去にそんな経験もなく、知り方も分からず、結局は雑談をして終わり・・・という職場も多いと思います。
一方で最近の若者は、「核家族」「共働き」「少子化」という環境で育っているので、「自分のことを分かった上で指導をしてほしい」「一括りにしないで欲しい」という、親や先生たちから受けた、ある種丁寧な指導の延長線上の指導を、職場にも求めます。
この新入社員の「丁寧な教育・指導を望む」というニーズと、「自分たちの受けてきた、また実施してきた導入教育の経験をベースにした、教育・指導を行う」という先輩・上司側のアクションとのミスマッチを防ぐには、
- 新入社員が自分で自分のことを説明し先輩社員や上司はそれをじっくり聞く
という時間と場(オンラインでも良い)を、必ず設けるというルールを作り、それ実施することが重要です。出来れば、その時に、客観的な指標、例えば、採用試験の結果やサーベイの結果、考課票・・・何でも良いのですが、これらが面談の場にあった方が互いのフィルターがかからずに、新入社員の人物像が、互いに共有されやすくなります。
しかし、そういうものが無くとも、このような時間を設けるだけで、新入社員にとっては、「自分のことを理解した上で指導をしてくれるのかな」と思うきかっけになり、その後徐々に、このコミュ二ケーションで得た新入社員からの情報を、トライアングル体制の中で、先輩・上司が共有して、指導に活用しいくだけで、新入社員の、指導の受け入れ度合いも、良くなっていくと思います。
またこの機会を、全社共通の、あるいは職種、役職毎の必要な行動特性を整理して、採用・配置・育成・評価等に活用できる、「客観的な人材の指標」を作るチャンスと考えれば、このような1on1やミーティングは新入社員にとってだけでなく、職場や全社にとっても価値のあるミーティングとなるはずです。