教育体系

階層別研修を「通過儀礼」で終わらせない方法
~「個人・風土・経営」一石三鳥の意義を持たせる ~

本日は、最近、立教大学の中原淳教授も指摘されている階層別研修の意義や仕掛け方に
ついて、私どもの考えをお伝えします。

「階層別研修を効果的に行いたい」とお考えの人事担当者、「階層別研修の費用対効果
を高めたい」とお考えの経営者にとって、役立つお話ができればと思います。

※中原先生の指摘は⇒ http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/13201


1.階層別研修が「行き詰まって」いる

まずは、階層別研修を実施している企業の担当者からお聞きする代表的な声を紹介します。

①中期経営計画では、事業戦略と並んで「ヒトづくり」戦略を盛り込んでいる。
ヒトの成長があってこそ、事業の成長があると考えているから

②定例的に階層別研修を実施しているが、果たしてヒトは育っているのか?
研修がイベント(定例行事)になってはいないか?

③階層別研修といえども“通過儀礼”や“お勉強”と言ってもいられない。
もっと効果的なものに見直していきたい

貴社ではいかがでしょうか?

もっと泥臭い内容としては、人事課長のこんな本音もあります。

「営業部門や技術部門の幹部クラスから“この業績の厳しい時に、わざわざ時間と経費を
かけて階層別研修をやる意味があるのか?”」と言われ、この会社における研修の価値っ
て何だろうと考えてしまいました」

これらの声は、従来発想で階層別研修を設計することの行き詰まり、つまり根本的に
階層別研修を見直す必要性を物語っています。

なぜ行き詰まるのか? ―――

階層別研修を企画・実施する前提となる「社員教育に対する発想」と「研修の組み立て方」
が従来から変わっていないことが背景にあると考えられます。


2.従来型の「社員教育に対する発想」と「研修の組み立て方」

(1)社員教育に対する発想

階層別研修を企画する際、人事担当者が真っ先に手掛かりとするのは、現在の人事諸制度
(等級・評価・報酬)だと思います。

人事諸制度との連動を最優先して、「新任管理職研修」や「主任研修」等の研修メニュー
を揃えていくという発想です。

また、教育機会を平等に提供しようと、「◎等級の人は必ず〇〇研修に参加」というルール
を作って、対象者全員に受講機会が回ってくるようにしている企業も少なくありません。

しかし、この考え方そのものに「行き詰まり」があるのではないでしょうか?
理由は2つあります。

①人材の多様化が進む中で「現在の等級」と「積むべき経験」がチグハグになっている
経営環境がこれまでにないスピードで変化している昨今、新卒一括採用が主だった企業にも
採用・登用の大きな変化が起こっています。

例えば、管理職待遇の中途採用者(DX人材や新規事業推進者等のスペシャリストも含む)、
一般職だった人が総合職に転換する(等級は中堅クラス)等。

そうすると、「主任なんだからそろそろ後輩の面倒を見て」「もうすぐ管理職になるのだから、
全体を仕切る経験をさせよう」という従来は一般的であった発想に対し、「そもそも後輩がい
ない」「立ち上がったばかりの部署で、メンバーは自分1人だけ(課長職ではあるが)」等、
「この等級だから、この経験をさせる」という考え方そのものが通用しないケースが多くなっ
ているのです。

②全ての階層に対して均等に階層別研修を行うことに無理がある
SDGsで「質の高い教育をみんなに」と謳っているように、教育機会を平等に与えることの
重要性に議論の余地はないと思いますが、実施するタイミングや優先順位を考慮することなく、
全階層に均等に研修を実施しようという発想には無理があります。
例えば、業績が厳しい中で予算が縮小され、それでも全階層の研修を行おうとして、研修内容
の圧縮、研修時間の短縮、Eラーニングのみで手軽に済ませる等、明確な狙いがないまま、
その場しのぎの対応をしていたら、大した効果は見込めないでしょう。

また、昇格のタイミングで階層別研修を実施するという慣例に縛られ過ぎて、次世代リーダー
として育成したい中堅層の教育が手つかずといったミスマッチも各所で起こっています。

これら「チグハグ」「無理やりな開催」から脱却するためにも、階層別研修は従来よりも、
意図的・計画的に仕掛けていく必要があります。

(2)とかくありがちな階層別研修の組み立て方

①階層毎の区分けをしているので、その違いを明確にするための必要な知識・スキル・能力
等で、階層毎の違いを細分化しようとする

人事評価制度等において、能力要件が細分化されている例は少なくありませんが、その考え
方を研修の組み立てにまで全て当てはめるとどうしても無理が生じます。

例えば「コミュニケーション」を階層別研修内のコンテンツに加える場合、
「3等級は”上長の指示を理解の上で適切な行動ができる”とあるから、傾聴のスキルについ
て教えよう。4等級は”部署方針に則り自分の判断で周囲を巻き込んだ行動ができる”だから、
説得のスキルについて教えよう」と、等級に連動して無理やり違うスキル項目を研修に盛り
込むとどうなるか?

実際の仕事現場で「3等級は聴くばかりで提案しない」「4等級社員の高圧的な説得に嫌気
がさす」等、ただ知識やスキルを細分化して教えるだけでは、組織が期待する方向に能力が
発揮されない可能性があります。

人事担当者が代わる度に、新しい担当者が独自性を出そうと、部分的に目新しいものを
階層別研修に組み入れた「パズル」にし、階層別教育の全体思想との整合性を歪めてしまう
この原稿執筆時点(2021年9月)では「心理的安全性」「アンガーマネジメント」等、いわ
ゆる“旬”のキーワードは常に存在し、その時々に新たな概念が登場しています。確かにそれ
ぞれの概念はその時の経営環境にマッチし、素晴らしいものなのですが、そういった旬の
キーワードを部分的に取り入れ、表面的な理解にとどまったり、全体との整合性を欠いたり
すると問題が起こります。

例えば「心理的安全性」の考え方を無理やり階層別研修に取り入れ、一通りの講義があった
とします。すると「何でも本音で話そう」「部下に厳しい要求をして委縮させてはいけない」
等、本質をわきまえない表面的な理解だけが独り歩きする恐れがあります。また、その企業
で創業以来大事にしてきた考え方(例:思いやり、謙虚、感謝)が軽んじられるような意見
交換がなされたりして、結局何の気づきもない研修になってしまうということが起こり得ます。

こうしたことが連続して起こると、階層別研修の存在価値は組織の中でどんどん軽んじられ、
「やる意味あるのか?」と言われるようになってしまいます。

ここまで述べてきたように、チグハグな状態が続いているにも関わらず、根本的な見直しを
することなく表面的なことだけ修正していったとしても、そもそもの「行き詰まり」を解消
することにはつながりません。
では、階層別研修を「通過儀礼」で終わらないためには、どうすればいいのか?
次項で、見直しのための3つの視点を提言いたします。


3.階層別研修を「通過儀礼」で終わらせない3つのポイント

(1)「経営に大きな影響を与える時代背景」を踏まえた人材育成の視点
まず1つ目は、経営に大きな影響を与える時代背景を鑑みて、これからの時代において欠かせ
ない人材とは何かを定義するという視点です。
日本企業で働く人と組織の変化を整理すると、下記のようになります。

従来(これまで) 今後(これから)
個人と組織の関係 組織の論理が優先される 個人と組織の対等な関係
価値観 同質性が高い 多様な価値観
働き方 ・長時間労働を厭わず

・新卒/日本人中心の採用

・出社が前提

・残業規制により生産性向上

・中途採用、多国籍採用

・テレワークが増加

組織風土 ・指示命令中心の受け身の風土

・言われたことを着実にこなす

・チャレンジしやすい風土

・新たな発想が生み出される

IT 情報共有 情報活用

 

組織に遠心力が働き、人と組織がバラバラになりがち

多様な価値観を持つ人材を巻き込む「求心力」と、新たなチャレンジによる「価値創造」が同時に求められる

つまり、これからの時代に必要な人材とは、「多様な人材を巻き込む“求心力”を前提に、新た
な価値を創造できる人材」ということになります。
このような人材を、私たちは「共創できる自律人材」と呼んでいます。

「自分の責任は自分で果たす」という高い責任認識の元、組織の期待役割も掴み、期待以上の
成果を成し遂げる自律人材の重要性は以前から言われてきたことです。

そこに、多様な人材(例:デジタルに長けた中途採用者、かつての上司であるベテラン社員、
契約社員から正社員登用された女性社員等)に対して垣根を設けることなく、自ら巻き込み、
共に新たな価値を創造する「共創」の重要性が急激に増しています。

階層別研修を設計する前提として、昨今の時代背景を踏まえて「どんな人材が必要か?」を
定義する視点が必要です。

(2)「期待される人材像」に沿った長期戦略的な人材採用・評価・登用・配置との整合性・
一貫性を踏まえた視点

まずはこちらの図表をご覧ください。

こちらの図は、経営と教育の一貫性、並びに各人事マネジメント施策同士の整合性を担保する
ために、私どもが作成した教育体系の概念図です。
上半分はここまでお伝えした通り、時代背景並びに自社のビジョンや中長期経営戦略を基に、
これから必要になる人材はどんな人材か?定義することから始めます。

次に、期待される人材像に近づくためには、どのような成長を遂げるべきかを図の右下に記
載した「4つの軸(本質=働きぶり、責任の大きさ、視座の高さ、見るべき時間軸の長さ)」
で整理していきます。
そして、期待される人材像に到達するためには、どんな仕事を経験すればその人の能力が開発
され、それぞれのステップを登っていけるかを定義していくという考え方です。

こうした考え方を「OBD:On the Business Development(人は仕事を通じて能力開発される」
と呼んでいます(中央の太い矢印)。

そして左下、期待する人材像に合致する人を採用し、それぞれの成長段階における適切な経験
をさせるべく配置・登用を行い、チャレンジを評価・奨励する人事諸制度を整備するというよ
うに人事マネジメントを一気通貫させた上で、社員の成長経験を促進するための階層別研修を
用意します。

このような視点を持つことで、階層別研修は「中長期経営計画に寄与する人材のストック」
という明確な意義を持つ
ことになります。

では、それぞれの段階で「積ませるべき経験」とは何か?こちらをご覧ください。

いかがでしょうか?ここに記入したのはあくまでも「職位イメージ」です。
リーダーの役職はなくてもリーダーと同等の働きぶりの中堅社員もいますし、リーダーの
役職はあるが、働きぶりは中堅社員という人もいるということです。

とかく、「現場でありがちな傾向」に苛まれ、成長が停滞しがちです。
さらに、先ほどお伝えした「共創」の概念を前提にすると、ステップを上る毎に巻き込む
べき相手の範囲は広がっていきます(より多様な人材を巻き込む必要性が出てくる)。

そして一番右に、それぞれの段階を上るために、どのような仕事経験を積ませる必要があ
るか?を「教育のポイント」として記載しました。

階層別研修を企画する時は、それぞれの職位(イメージ)において、どんな経験をさせる
ことが自社にとって最適解なのか?を定義した上で、そのために参加者が変革すべき行動
様式をゴールとして研修やその前後の仕掛けを設計することが重要になります。

(3)研修と現場を切り離さず「三位一体」で取り組む視点

「三位一体」とは「研修受講者本人」「受講者を支える人(主に上司)」「組織環境(制度・
風土)」の3つが連動していることです。

受講者本人の自助努力はもちろん大事ですが、本人に「任せっ放し」にせず、組織的な取り
組みにするということです。

研修実施前・中・後のタイミングで、三者(受講者・支える人・組織環境)に対してどの
ような策を講じると、研修が実の有るものになるか(通過儀礼化を防げるか)を一覧で示
した例が次のマトリクスです。

例えば、研修を設計する際に、受講者もその上司も本気で研修に向き合えるよう、経営計画
に沿ったテーマをアウトプットとして求めるように研修を実施し、且つ研修をきっかけに
チャレンジ行動が起こったら評価や表彰等、それが報われるような場づくりや制度運用を、
研修実施と並行して行なっていきます。

受講者の上司や関係者といった「支える人たち」には「この研修は何のために、何に取り
組むものか」支える人にとっての価値をアナウンスしたうえで、多忙の中でどう関われば
効率的な支援につながるか具体的に示し、積極的関与を促します。

こうした全体を見据えた仕掛けを行うことで受講者本人の行動変容が持続する可能性が
飛躍的に高まるのです。

第3章のお話をまとめると以下の通りです。

①「経営に大きな影響を与える時代背景」を踏まえた人材育成の視点
 ⇒ 期待される人材像を定義する(例:共創できる自律人材)

②「期待される人材像」に沿った長期戦略的な人材採用、評価、登用・配置との
整合性と一貫性を踏まえた視点

⇒ 経営計画に資する人材のストックを前提に、成長ステップを活用

③ 研修と現場を切り離さず、「三位一体」で取り組む視点
 ⇒ 受講者・支える人(上司)・組織環境(制度・風土)をつなげる仕掛け


4.階層別研修の意義は、
「個人の成長」「風土改革」「経営計画の進捗」一石三鳥

ここまでお話した3つのポイントを踏まえて階層別研修を仕掛けることで、階層別研修は
「通過儀礼」でなく、個人の成長が中長期経営計画に資する人材ストック、さらには組織
風土改革や経営計画の進捗可能性を高めることにつながるという「一石三鳥」の意義を持
つことになります。
このレポートを、貴社における階層別研修の在り方・仕掛け方を見直す際のヒントにして
いただけたら、嬉しく思います。

なお、マネジメントパートナーでは、階層別研修における階層毎のキーコンセプトをお伝え
するウェビナーを開催します。詳細・お申し込みは、下記URLをクリックしてご覧ください。

戦略的階層教育のキーコンセプト・セミナー
https://www.mg-p.co.jp/seminar/seminar-570/

株式会社マネジメントパートナー

人材・組織開発コンサルタント 関 教宏

 

 

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